僕と猫とナイフ-page2出会い
昨日乗った電車は期待通り、僕の知らないところへ連れて行ってくれた。
自分1人で遠出する事は無かったので、駅名など知らない。
適当に、1番遠くへ行けそうな切符を買う。
お金は1万6千9百円ほど持ってきたけど、切符代で1万5千7百円まで減ってしまった。
それでも良かった。
いつも見ている風景から解放されるのならば安い物だと思っていたから。
切符を改札口に通して、僕は電車に乗り込む。
―電車に乗るなんて何年振りかな?―
いつも学校へは自転車で通い、昨年の修学旅行は新幹線が移動手段だった。
僕にとって、電車は近いようで遠い、そんな存在だったのかもしれない。
席に座って、窓を眺めていると、発車を告げるベルとともに、電車は走り出した。
ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…
徐々に、『ガタン…ゴトン』の感覚が短くなり、遂には『ガタゴトンガタゴトン…』と言う連続的な音に変わって行った。
僕は、何も考えず、ただボーっとしたまま、何気なく景色を眺めている。
去年乗った新幹線は、そのあまりのスピードに、外の景色なんて見れなかった。
見えたとしても、筆で絵の具を一本線に伸ばしたような、ぼやけた景色しか見れなかった。
でも、電車は違う。
一軒一軒の民家の明かりや、木々、道路を走る車など、様々な物を観察出来た。
それは、電車に毎日のように乗る人から見れば、退屈なだけの景色かもしれないけど、今の僕にはとても新鮮だった。
さて、駅から駅へと移っていくのを眺めていたら、眠気に襲われて熟睡してしまった。
大分、熟睡してしまったようだった。
電車が終着駅についても、僕は全く気付かずに寝てしまっていた。
起きたのは、駅員さんに声を掛けられてからだ。
「お客さん、お客さん。終着駅ですよ。」
「…。あ…あぁ、すみません。ついうとうとしてしまって…。」
「いえいえ、そろそろ駅も閉まりますので、お早めに降りてくださいね。」
「はい、どうもすみませんでした。」
駅員はとても優しそうな人だった。
起きてから気付いたが、僕以外には人は1人も乗っていない。
きっと、みんなもう降りてしまったんだろう。
そんな事を考えながら、電車を降り駅を出ると、絵に描いたような『田舎』が目の前に広がっていた。
そこは、駅前といいつつも寂れた商店街があるだけの、小さな小さな駅前だった。
それでも今の僕には何もかもが新鮮なので文句などは無かった。
とにかく、日常の世界から、非日常へ旅立ってきた様な、清々しい気分だった。
しかし、よくよく僕の置かれた状況を考えてみる。
ともかく、僕は家出をしてきて、所持金は1万5千9百円。
半ば思いつきで、家を出てきたため、目的も目標も無かった。
ただ、『違う世界を見たい』と言う欲望にのみ忠実に従ってここまで来た。
それはさて置き、今1番の問題は、今夜の寝床だ。
こういうときのために、寝袋を持ってきてはいたが、実際に寝る場所が無かった。
とにかく、寝れる場所を探して、数分散策すると、小さな公園があった。
手ごろなベンチと、素朴な雰囲気が僕を無償に誘惑したので、今夜はここで寝る事にした。
そして、朝。
否が応でも目が覚める。
何と言っても季節は冬だ。
寒くて仕方が無い。
僕は、ライターを持ってくるのを忘れた事を心底悔い、着替えの中から1番暖かそうなものを、今着ている物の上に羽織った。
朝食には、持ってきたスナック菓子を食べた。
腕時計を見ると、まだ午前6時50分だ。
朝食のスナック菓子をたいらげると、そろそろここに居てはまずい事に気付く。
何せ、ここは公園なのだ。
こんなところにずっといれば、この近所の子供や、その子供をつれた親が来るかもしれない。
見つかれば、僕はどうなるだろうか。
ただの不審者にしか見えない僕は交番に突き出されるかもしれない。
そんな、ネガティブなことを考えていたら、7時を告げる放送がどこかのスピーカーから流れてきた。
「何処の街でも、同じところはあるんだなあ…」
何となく懐かしい気がして、つい呟いてしまった。
僕は荷物をまとめて、今度はのんびりとしていても誰にも怪しまれないような場所を探すために、また歩き出した。
また少し歩くと、小さな川が流れていた。
川辺を歩いていると、ウォーキングやジョギングをしている人に度々会った。
そのたびに僕は何を言われるかと、びくびくとしていたのだが、会う人はみな、
「おはようございます。」
と爽やかに声を掛けてくれた。
どうやら、この土地の人は心がとても温かいようだ。
どこからどう見ても不審者のようにしか見えない僕を、怪しむ様子も無く、挨拶をしてくれるのだから。
悪く言えば、ただのお馬鹿さんたちかも知れない。
だって、こんな不審者に爽やかに挨拶をしているのだから。
その後も、僕は色々な所を回ってみた。
開店の準備をする商店街。
とても小さな小学校。
なんだか気になる小さな小さな楽器屋。
随分と色々な所を回って見て、ようやく人が1人、ずーとボーっとしていても怪しまれないような場所を見つけた。
そこは、小さな橋の下で、そこには先客が居た。
僕はその先客にご挨拶という事で、家から持ってきた食パンを食べやすく千切ってから、彼にあげた。