僕と猫とナイフ-page1家出

 何日かな…。
日付は分からないけど、僕は家出をした。
別に、両親に何か不満があった訳ではないし、喧嘩をした訳でもない。
ただ、平凡な生活に飽きたから。
ちょっと、冒険がてら、知らないところに行きたかったんだ。

 僕は、まず荷物をまとめる事にする。
もって行く物は、お気に入りのリュックサックに詰めて、今日中に家を出るつもりだ。

「着替えは最低限に、食料は、軽くて長持ちして、食べやすい物、寝 袋は野宿用に、護身用の小型ナイフ、あっ…でもナイフは持ち歩くと危ないかな…?でも、大切な物だし…。」

 僕は、別に家族に不満があった訳じゃない。
僕の家族は、僕と両親の3人家族。
もちろん、小さい頃はお兄ちゃんやお姉ちゃん、弟や妹が欲しかったけれど、2人ともいつも優しく僕に接してくれたし、人並み以上に色々な所に連れて行ってもらったりもしていたから、特に気にはしていなかった。
ただ、やっぱり少し羨ましかったけどね。
 この十数年生きてきても、それほど大きな喧嘩は家族内ではなかったし、特に怒られる事もしていない。
一度だけ酷くお父さんに怒られたことはあったけど。
それは、僕は悪かったからだ。
そんな仲の良い何処にでもあるような家庭で僕は育ったけど、途中からどうやら歯車が狂ってしまったみたいだ。
僕が、小さいうちは…と言って、育児休暇を取っていたお母さんは、僕が小学生に入った頃からまた働き出した。
その事自体は別に嫌じゃなかったけど、それがキッカケで、僕の家族は崩れていった気がした。
お父さんは、前にも増して、「会社の付き合いだから…」と言って、お酒を飲んで帰って来た。
休日も、接待ゴルフがどーのこーのと言って、以前のように家族で出掛ける機会は激減した。
かと言うお母さんも、最初のうちはお父さんの変化に戸惑ったようだが半年もすると慣れた様で、自分も同じような事をするようになっていた。
そんな中で僕だけ取り残されたような寂寞感を感じるようになったのは、小学校高学年に値する頃だろうか。
それまでは、学校が終われば、一目散に遊びに行って、帰れば夕食が用意されていたので、それを温めて食べ、『良い子にしててね。お母さんより』と書いてあるメモ用紙の通り、良い子に良い子にしていた。
 しかし、学年が上がるごとに、子供と言うのは色々な事が理解できるようになって来る。
今までは、親のいう事は絶対だった事に対して、小学校中学年辺りからは自我が芽生え始めるのである。
それでも、まだその頃は、お母さんも土日位は家に居てくれたから、楽しかった。
本格的に、寂しくなったのは、小学生も終わりというような時期になってからだ。
僕の起きている時間に、両親と会えるのはほんの数分。
会話は、「おはよう」や「おやすみ」位。
何か用事があれば、メモを残して、学校からのプリントはメモを添えて、居間のテーブルの上に置く。
翌日の朝には、またメモと、記入済みのプリントや、お金の入った集金袋が置いてある。
そんな生活をしていた。
中学校に上がっても、こんな生活が続き、高校も自分で勝手に決めた。
先生は、「親御さんとよく相談して下さいね。」
などと、よく言っていたが、家の場合は関係なかった。
進路希望調査には自分で記入する事は記入して、親の欄を空白にして、
『進路希望調査です。
 志望校は自分で決めたので、印鑑と一言の欄をお願いします。』
とメモを添えて、いつもの居間のテーブルの上へ。
翌朝には、印鑑と一言欄が埋まっている紙が置いてある。
 そんな生活だったけど、心の寂しさを除いては不自由は1つも無かった。
いや、両親は、不自由だけは無いようにいつもしていたようだ。
そして、中学校卒業の日に貰ったのが、何故かこの小型ナイフ。
見た目はとてもシンプルだが、刃はとても鋭く、鞘も付いている。
ちょっと古臭い感じもしたが、切れ味は新品同様、よく切れた。
これは、父親から貰った。
いつものように、メモ用紙伝えではなく、直接渡しに来てくれた。

「これ…。卒業祝いだ。」

「え…うん、ありがとう…。」

いつも殆ど言葉を交わさないので、僕も緊張したが、父親の方も相当緊張していたようだ。

「母さんには危ないからそんな物あげないでって、言われたが…。
 父さんも、中学を卒業した時に貰った物だからな。
 鉛筆を削るなり、好きなことに使いなさい。
 ただ、危ない事だけはしちゃだめだぞ。」

「うん、わかってるよ。」

「それじゃあな…。」

 今時、鉛筆なんて削らないだろ…と内心で呟きながらも、どこか魅力のある物を貰えた事は純粋に嬉しかった。
きっとコレは我が家で代々受け継がれているナイフなのかな、とふと思った。
実用的には、本当に鉛筆を削るぐらいにしか使えない小さな小さなナイフ。
だけど、作りと刃は本格的だった。
そのギャップに僕は魅力を感じたが、このナイフの持っている魅力はそれだけではないようだ。
とにかく、お守りのように、大事に扱っていく事を、僕は決めた。

 そのナイフが今手元にある。
あれから、使ったことは無いが、大事に机の引き出しにしまっていた。
たまに取り出して、錆びない様に磨いたりもしたけど、それ以外は使ってこなかった。


「やっぱり、お守りとして持っていこう。」

そっと呟くと、お気に入りのリュックの小さなポッケにナイフを入れた。

 ケイタイは持っていかないことにした。
せっかく新しい世界を求めて家出をするのだから、元の世界との繋がりは切り捨てた方がいい。
唯一、繋がりを保つとしたら、このナイフだけで十分だ。

缶詰、缶切り、スナック菓子にペットボトル。
腕時計に、音楽プレイヤー、ラジオ。
そして財布。

色々とリュックに詰めた後、日が西に沈み始める頃、家を出た。
一応、キチンと鍵を掛けて、メモを残して。
『少し、旅に出ます。
 そのうち帰って来ますので、気にしないで下さい。』

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